今回紹介する作品は 『白夜行』
国内累計発行部数1億部を超えた当代一のベストセラー作家東野圭吾。
そんな彼が2000年に刊行し、「秘密」に続いて2度目の直木賞候補にも選ばれて
大ブレイクのきっかけとなったのが、今回紹介する「白夜行」です。
そして、原作小説の圧倒的な分量と「二人の内心が一切描写されない」という特殊な構造を、
映画版とドラマ版では、それぞれ全く異なるアプローチで映像化しています。
今回は、 映画版とドラマ版の脚本づくりの違い、テーマ性の違い、
また、どちらから見るべきかを解説します。
ドラマ版と映画版の主な違い一覧
| ドラマ(山田孝之・綾瀬はるか) | 映画(高良健吾・堀北真希) | |
| 作品のアプローチ | 第1話の冒頭で事件の真相と二人の関係性を明かす「倒叙ドラマ」形式を採用 全11話という尺を活かし、幼少期から大人になるまでの二人の感情の機微をドラマチックに描き出す | 原作同様、二人の「内面」や「直接的な接触」を徹底的に隠すミステリー手法を採用。2時間超の中に原作のエピソードを厳選・圧縮し、洗練されたサスペンスとして構築 |
| 二人の関係性 | 「悲劇的な純愛」 苦悩しながら共犯者として愛し合う | 「利用し・利用される」冷徹な利害関係や共犯関係の側面を強調。二人の絆は美化されず、底知れぬ闇として描かれる。 |
| 雪穂のキャラクター | 悪事に手を染めながらも、罪悪感や葛藤に揺れ動き、時折人間らしい弱さを見せる「悲劇のヒロイン」 | 美しくも一切の隙を見せない、冷酷無比で人形のような「完全な悪女」 |
| 亮司のキャラクター | 泥沼にはまり込みながらも、雪穂をかばい続ける苦悩と泥臭い人間味 | 影のように社会の裏に潜み生きている、静かで感情を殺し虚無感の中で生きているサイコパス |
| 刑事・笹垣の立ち位置 | 罪を重ねる二人を憎みつつも父親のように追い詰める | 19年の歳月を静かに執念深く追い 亮司に父親のような感情を抱く |
| 結末(ラストシーン)の 演出と後味 | 悲劇的な運命の結末として描かれ、残された雪穂の生き様と儚い救いが示される感動的な演出 | 原作通りの冷酷で 突き放すようなラスト 余韻には深い闇と不気味さが残る |
重点を置いた「テーマ」の違い
同じ原作でありながら、監督・脚本家が提示した核心のテーマが異なります。
ドラマ版のテーマ:『痛々しいほどの歪んだ純愛と、幼少期のトラウマ』
「なぜ二人はこうなるしかなかったのか」という悲劇性に焦点を当てる。
大人たちの罪によって虐げられた子供たちが、互いを引き裂かれながらも必死に守り合おうとした「絶望の果ての愛」を描く。
ドラマの石丸彰彦プロデューサーは雑誌のインタビューで、主人公の2人の関係を可視化するなど、原作から大幅に手を加えたことについて「亮司と雪穂をモンスターにしたくなかった」と語っている 参考:Wikipedia
このプロデューサーのインタビューにあるように、雪穂と亮司の苦悩と葛藤が描かれ、
また、彼らを追う笹垣の執念、そこには、亮司という人間の真実や心の傷を、
誰よりも唯一深く理解し見つめ続けた者の慈愛と責任感がありました。
この原作とは違った視点で描いたヒューマンドラマの完成度!
やはり森下佳子の脚本が素晴らしい!に尽きるのでは…
ダークなストーリーの中に、ちゃんと希望を残すラストに観る側も救われました。
また、笹垣役の武田鉄矢の演技は、
金八先生を彷彿とさせる圧巻のセリフまわしと高い演技力で魅了されます。
森下脚本&綾瀬はるかコンビのドラマこちら↓で紹介してます
東野圭吾原作作品をこちら↓で紹介しています
映画版のテーマ:『闇に生きる人間の業と、狂気の共犯関係』
人間が持つ底なしの欲望、罪を重ねることで贖罪と愛を実感する過酷な運命に焦点を当てる。
「太陽の下を歩く」という言葉が、叶わぬ欲望としての痛烈な皮肉として機能する。
映画版はドラマ版と違い、原作のミステリー要素を重視した作品になっていました。
セリフよりも1カット1カットの中から視聴者にイメージを与える演出で、
あの原作の分量を2時間半とうい限られた時間の中で作り上げた傑作です。
映画版の雪穂と亮司は、ほとんど感情を表さないミステリアスなキャラでした。
子どもの頃に親や周りの大人達から受けたトラウマは、彼らの心を殺したも同然です。
2人が無感情に罪を繰り返す姿は、いかに彼らの心が残酷に殺されてしまったのかを思い知らされるようで、胸が締め付けられました。
ドラマ版の方が良かったという感想をよく目にしますが、
いやいや映画版もドラマ版同様に観終わった後の余韻は何日も残りました。
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(配信は投稿時のものとなります)
『風と共に去りぬ』から考察する雪穂と亮司の生き様
『風と共に去りぬ』は、アメリカの作家マーガレット・ミッチェルの不朽の名作で、
南北戦争前後のアメリカ南部を舞台に、時代の波に翻弄されながらも、力強く生き抜いてゆく
主人公スカーレット・オハラの激動の半生を描いた作品です。
では、このスカーレット・オハラの生き方が、
雪穂にどんな影響を与えたのか?を解説します。
小学生の雪穂が読んでいた小説のあらすじです。
しかし、雪穂はこの小説の醍醐味ではなく、スカーレットの男たちを操りのし上がる術を学んでいただけ…だったのです。
私は『風と共に去りぬ』の映画も小説も大好きでした。
しかも亮司の母親の桐原弥生子役の戸田恵子は、何と『風と共に去りぬ』の
TV放送でスカーレットの吹き替えをした声優でした。萌え~
ドラマ版の雪穂と亮司の生き様
ドラマ版の雪穂がラストに手にしていた小説『スカーレット』は、
作者のミシェルが亡くなった後に書かれた続編です。
この続編を簡潔にまとめると
では、何故雪穂がこの小説を持っていたのか?
言うまでもなく、
亮司を失った彼女が亮司への本当の愛に気づき、
今度は雪穂が彼の忘れ形見を見守ると決意したのではないかな…
いや、そうであって欲しい!
何故なら、亮司は笹垣の必死の説得にも、
雪穂のために最後まで自己犠牲を貫いたのですから!
ドラマ版の亮司は、決してサイコパスではなく
良心の呵責に苛まれ葛藤する人間臭さがありました。
映画版の雪穂と亮司の生き様
映画版の雪穂の悪女ぶりが際立ったわけですが…
彼女が亮司を「太陽」だと言うシーンがあります。
きっと彼女にとって亮司はいつも見守って助けてくれる守護神的な存在だったのでしょう。
しかし、彼女はそんな亮司の死を目の当たりにしても、笹垣に「知らない」と言って一度も振り返らず去って行きました。
でも、本当に雪穂は亮司を見捨てたのでしょうか?
亮司が犯罪を繰り返し、2人でここまでやって来たわけです。
あと少しで雪穂の夢が叶うところまでやってきました。
そこで、笹垣の説得にも応じず、亮司は命までも雪穂のために捧げた…
そんな亮司の死を無駄にできるでしょうか?
雪穂だって、きっと亮司に抱きつき泣き叫びたかったに違いありません。
そうでなければ、亮司が救われない…
映画版の亮司は、父親を殺した現場から雪穂を逃がしビルに残って隠蔽工作をしています。
しかも、まだ息のある父親を見捨て…
それだけでも、どれほどの苦悩がまだ小学生の少年の心を蝕んだのか…切なすぎます
そんな亮司が、雪穂のウエディングドレス姿をどんな気持ちで見ていたのか…
個人的には映画版の亮司の方に何度も胸を締め付けられました。
ただただ、雪穂のためだけに生きる、究極の自己犠牲だと…
だからこそ、ラストで笹垣に見せた笑顔が切なすぎます。
それでも、笹垣だけがそんな亮司を見つけてくれた!
それがせめてもの救いでした。
結論:どちらから観るのがおすすめ?
ドラマも映画も素晴らしい作品なのは間違いありませんが、
しかし、原作を超えることはできません!
どの作品もそうです。
如何に、原作に忠実な作品を制作するかが成功のカギになる訳です。
そこで、お勧めの順番は
- ドラマ
- 映画
- 原作
- 映画
まず、ドラマと映画を鑑賞してから(正直、順序はどちらでも構わない)、
分厚い原作を堪能します。
なぜ、もう一度映画?と思われるかもしれませんが、
原作を知ってから、もう一度映画を観てみると
もっと深く作品を楽しめるからです!
ドラマ版は、それだけで完結できる完成度の高い作品でした。



