今回紹介する映画は 処刑人
「法が機能しないなら、自分たちの手で悪を裁くしかない――」
度々映画やドラマでテーマになる倫理観。
それを圧倒的なスタイリッシュさ、テンポの良いアクション、
そして独特のユーモアで描き切り、世界中で熱狂的なカルト的ファンを生み出しました。
低予算ながら口コミで爆発的な人気を獲得し、
今もなお語り継がれる本作の魅力と、そこに隠された深い宗教的・哲学的テーマを紐解きます。

概要
1999年アメリカのアクションスリラー映画
脚本、監督:トロイ・ダフィー
この作品は、ダフィーの長編映画監督デビュー作です。
実は、この作品にはダフィーの経験が大きく関係していました。
彼のアパートの向かいの部屋で、
麻薬ディーラーが死体から金を奪っているのを目撃し、
強い嫌悪感を抱いたことから着想を得て、
初めて脚本を書いたというものです。
ニュースを見ている人は、目にするものに時々ひどく嫌悪感を覚える。そのニュースを見て、「あの卑劣なことをした奴は命で償うべきだ」と言うだろう。ほんの一瞬でも、そんなことをした奴は陪審員もなしに死ぬべきだと考えるだろう。私は皆にそんな病的な空想を抱かせようと思っていた。(参考:Wikipedia)
上映時間:108分
原題:The Boondock Saints
続編『ブーンドック・セインツ2:オール・セインツ・デイ』が2009年に製作され、
フラナリー、リーダス、コノリー、ロッコがそれぞれの役を再演し、
デフォーがクレジットなしでカメオ出演しています。
また、2021年、トロイ・ダフィーは再び、フラナリーとリーダスが復帰し、
3作目を制作中だと発表したものの、2022年5月制作開始予定でしたが、
それ以降、この映画に関する情報は一切出ていません。
2025年制作開始との話もありますが…真偽は不明です
宗教哲学的要素:祈りと弾丸が交差するカトリック的美学
『処刑人』が単なる娯楽アクション映画で終わらない最大の理由は、
濃厚なカトリック的シンボリズムにあります。
兄弟は悪人を殺害する直前、胸の前でロザリオを掲げながら
必ず同じ「祈りの言葉」を口にします。
(主のために守らん主の御力を得て…)
彼らにとって、処刑は神からの啓示であり「聖なる義務」なのです。
そしてまた、この「祈りの言葉」は彼らにとって
父が残した唯一のものであり心の支えでもあります。
兄弟の人指し指と中指に彫られた「VERITAS(真理)」「AEQUITAS(公平)」の
タトゥーが示す通り、彼らは自らを「神の天秤」だと信じて疑いません。
殺戮という大罪を犯しながらも、
祈りを捧げ、心から神を信じている彼らの姿は、
「聖と邪」「信仰と暴力」が同居する独特の神聖な美学を演出しています。
また一方でダフィーは
私たちに「法の正義」と「絶対的正義」
といった哲学的テーマを訴えているようにも感じます。
なぜなら、冒頭のミサのシーンで、
司祭の説教に出てきた”キティ・ジェノベーゼ事件”は
1964年3月13日、アメリカ合衆国ニューヨーク市でおこった
実際の事件なのです。ただのアクションだけじゃない所がイイ
ダフィーの経験を観客に共感させる狙いが見て取れますね。
キャスト紹介
先にも書きましたが、ウィレム・デフォー演じるスメッカーFBI捜査官!
狂気さえも感じる変人ぷっり おっと失礼
と、思いきや
法の番人である立場と正義感の狭間で苦悩する捜査官の
両面を演じきったその実力は流石でした。
彼は、どんな役でもこなせるオールラウンドプレーヤーで
B級作品だろうが大作だろうが幅広い演技でいつも魅了されます。
本作でも、名立たる俳優陣が候補に上がったそうですが、
こんな極端な役を演じきるのは、ウィレム・デフォーしかいない!
彼の出演作をこちら↓で紹介しています


| コナー・マクマナス/ ショーン・パトリック・フラナリー | ボストンで暮らすアイルランド系アメリカ人で双子の兄 慎重で頭の回転が速く、計画を立てるタイプ 弟思いで熱い正義感を持っている 敬虔なクリスチャンで左手に「Veritas」(ラテン語で「真実」 )と彫られたタトゥーがある |
| マーフィー・マクマナス/ノーマン・リーダス | 双子の弟 兄より少し血気が強く、直感で行動するタイプ 右手に「Aequitas」(ラテン語で「正義/平等」)と彫られたタトゥーがある |
| ロッコ/デヴィッド・デラ・ロッコ | マクマナス兄弟の友人 イタリアン・マフィアのパパ・ジョー率いる ヤカベッタ一族の運び屋 |
| ポール・スメッカー/ウィレム・デフォー | FBI捜査官 クラシック音楽を聴きながら現場を鑑識し、犯人(兄弟)の行動を脳内で完全再現する天才捜査官 |
| ノア・“イル・ドゥーチェ”・マクマナス/ ビリー・コノリー | コナーとマーフィーの父親で有名なマフィアの暗殺者 ヤカヴェッタによって”ホーグ重犯罪人刑務所”から 釈放され、ロッコ殺害を命じられることに |
あらすじ
サウスボストン 聖パトリックの祭日
教会では信者を前にマックルペニー神父が祈りを捧げている。
「み旨の天に行われるが如く
地にも行われんことを 日々の糧を我らに与え
我らが人を許す如く 我らの罪を許したまえ
我らを誘惑から引き離し悪より救いたまえ
国と力と栄光は 限りなくあなたのものなり
アーメン」
「マックルペニー神父今日はわざわざどうも」
司祭は神父にお礼を伝え祭壇に立った。
信者の中に、頭を垂れ一心に祈りを捧げている2人の若い男の姿があった。
その様子を、同じ列に座る少女が怪訝そうな顔で見ている。
”光る剣を振り下ろす時 我が手は審判を得る”
その時、少女の母親が司祭に集中するように少女を促した。
“我が敵に復讐を誓い これを倒すであろう”
祈りを捧げ終えたのだろうか、
彼らは立ち上がると祭壇に向かって歩き始めたのだ。
“主よ 我を聖人の1人にお加え下さい”
前列に座っているマックルペニー神父や他の神父たちも、
彼らの姿を見るや、一様に驚いている。
ちょうどその時、司祭が説教を始めた。
「この聖なる日に 私の胸によぎるのはキティ・ジェノベーゼの悲劇です」
この状況に、思わずマックルペニー神父が立ち上がりかけたその時、
隣に座る神父が彼を引き止め、何やら耳打ちをした。
すると、マックルペニー神父は呆然とした表情で2人を見送った。
隣の神父は、当然だと言わんばかりの顔をしている。
しかも、司祭までもが何事もないかのように、平然と説教を続けた。
「皆さんもご存じのように…」
2人は祭壇を上がり、イエス像の前で膝まづき祈りを捧げた。
「あれはもう30年も前の出来事
気の毒に 彼女は大声で何度も助けを求めましたが
誰も助けようとしませんでした」
2人は、祈り終わるとイエスの足へキスをした。
しかし、彼らの行動が何を意味しているのか…
誰も知る由もなかった。
「見物するだけで 誰も警察に連絡しませんでした」
2人は、説教中の司祭の横を平然と通り過ぎ、
司祭の言葉を背に受け、颯爽と出入口へ向かって行く。
「白昼堂々 彼女が刺されて死んでいく姿を見ていたのです
そして、犯人はそのまま逃げ去りました
私たちは、皆悪い行いをする者を恐れます」
その時、ドアの前に来た男が振り向き司祭へ顔を向け、
首に下げた十字架をシャツの中へ仕舞った。
「しかし真に恐れるべきものは他にあります
それは、善良なる者たちの無関心です」
その言葉を聞いた彼らは、サングラスをかけると教会を後にした。
続きは本編で!
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(配信は投稿時のものとなります)
まとめ:圧倒的な爽快感の裏にある、深みにハマる一作
映画『処刑人』は、男たちの絆やスタイリッシュなガンアクションを
シンプルに楽しむだけでなく、
実は、人間の倫理観について強く問う作品でもありました。
ダフィーはこの作品で答えを示していません。
ただ、私たち1人1人に考えて欲しい…
と、そんな彼の思いを感じました。

